仕事が早く切り上げられて帰宅した時には、疲れていてもなるべく子ども達と関わるようにしてきました。
でも、最近は下の子も小学生になり、運動の習い事も始まり、自分が早く帰宅すると外でサッカーしよう!とか、野球しようとか、フリスビーしようとか、そういう日もあります。
暑いし、疲れたし、シャワー浴びてとりあえずビール!
といきたいところだが、ここは子どもとの時間を優先。
子育て投資だ!と、上がる分だけテンションを上げます。
そんな我々の姿を見て妻が一言。
「兄弟みたいだね。」(笑)
お!
そんな風に見えているのか!
自分では意識していませんでしたが、いろいろなモードを使い分けていたようです。
子どもと兄弟のように遊ぶモード。
部屋を片付けろ~!などの父親イライラモード。
ゆっくりビールを飲んでいて邪魔するなモード。
みんなで〇〇するぞ!などのリーダーノリノリモード。
まじめに話を聞きなさいモード。
家族を笑わせようとする子どものようにおふざけモード。(やりすぎてたまに妻に怒られる。)
さっきの息子と遊びにいくのは、友達とワイワイモードってとこかな?
まあ、こんなの誰でもあって当たり前ですが、改めて意識すると家庭内でいろいろな顔をもっていることに気付かされました。
同時に、子どもの成長にとって親のいろいろな側面を見せることは、子どもとのコミュニケーションを取る上でとても役に立つのかなとも思いました。
どのように役に立つのか?
子どもが親の話を聞いてくれるようになる!
(根拠はないですが、たぶん。)
理由その①
「モードが違うことで、今はどんな時なのか子どもがはっきり理解できるから。」
真面目に聞いてほしいことがあるときにはそのモードになれば、そういう話なんだなとわかる。
おふざけモードなら、自分を解放していいんだなと楽しめる。
友達モードなら、自分の意見もどんどん言ってくる。
邪魔するなモードなら気を使ってくれる。
リーダーモードなら、上達するために大事なことなんだと聴いてくれる。
つまり、家庭内で「聞くべき時」「遊ぶべき時」「ふざける時」「気を使う時」がはっきりしていて、子どもにとって分かりやすいんです!
理由その②
「いろいろなモードがあることで親に興味を示すようになるから。」
親のいろんなモードが見せる顔・表情・話題は子どもにとっては未知の世界です。
子どもは何と言っても親が大好き!(とくに母親は。)
だから、友達のように遊んで!とか、面白いことやって!ってモードがあることは、子どもにとってはとても幸せな事なんだと思います。
その反面、怒られるモードもあるし、注意されるモードもあるし、真面目に聞きなさいというモードもある。
いろんなモードがあるからこそ、興味を失わず、そして興味がある人(親)だからこそ、話を聞き入れることができるのだと思います。
人は正しい意見よりも、尊敬する相手の意見を取り入れることが多いと言います。
これ自体は良いことではないでしょうが、子どもに何かを伝えていくには、親子関係は良好である必要があるのは間違いないでしょう。
いろんな家族を見ていると、子どもとの関わり方が苦手そうな人も多くいます。
別に苦手でも何の問題もありません。
でも、逆に楽しそうに接している親御さんもいるんです。
その違いは?と思っていたので、もしかしたら、家庭内でいろいろな自分を出し切れていないのかなとも思ったんです。
父として、母として、親としてという概念があるから、子どもの前では・・・・と考えてしまうからでしょうか?
父も母も一人の人間。
親だから!といって肩ひじ張らず、ちょっと自分の内面を見つめてまだ出していないモードがあれば、子どもに見せてあげるのもいいかもしれませんね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ご意見、感想などいただけたら嬉しいです。